日本の大学の歴史
大学の歴史について考えてみましょう。
日本に大学が出来たのは、明治時代に入ってからのことです。
つまり欧米から実に250年以上遅れているのです。
いわゆるフンボルト理念という、大学が教育と研究の2つの要素を持つことになったのは19世紀のドイツが始まりです。
明治の日本はドイツの影響を大きく受け、大学の基盤も当時、世界一の国家であるドイツにならっています。
人文科学・理学・工学・農学・そして医学と、自然科学から応用科学まですべてを網羅していて、その中でも特に理学・工学に力をいれる工学重視の大学が多かったことが後の日本の高度成長をもたらしたと考えられています。
ドイツには今の日本のような大学ごとの入学試験はありません。
高校卒業すると共通の入学試験があります。
これは全大学に共通した試験ですので、これに合格してしまえば、後はどの大学に通うことも、どの教授に習おうとも学生が自由に選択出来るものです。
教授はその分野における最新の研究を行い、それを生徒に教えます。
講義の人気がある教授は他大学から引き抜かれ、それにともなって学生も移動します。
まさに「自由」な大学がドイツの大きな特徴であり、世界の学問の中心となったのです。
しかし、このドイツの自由に学べる大学制度は、日本においての官僚制度には、なじまないという問題がありました。
その後のドイツは二回の世界大戦を繰り返し、国内外の力が弱ったことで、科学技術の中心はアメリカへと移っていくことになります。
アメリカの素晴らしいところは世界一となってからも常に科学と技術に大きな予算を投資し、常に向上し世界をリードし続けてきたことがあげられます。
アメリカの教育制度、特に大学院制度は世界各地で取り入れられ、国際基準にまでなっているといっても過言ではありません。
また学会や知的な職業を目指すものは、アメリカに留学し博士号を取得することがステータスに繋がります。
戦後はアメリカの影響力が強くなり、それはもちろん大学にもいえます。
日本でも、予算を組んだり、役所として扱いやすい、イギリスやアメリカの学年制の大学が官僚制度の中で受け入れられるようになりました。
日本の大学は、これまでドイツやアメリカの大学のいい所を学んできたといえるのですが、ただ日本の大学にも課題が潜んでいるのではないでしょうか。
それは日本の大学には活気がないように見て取れます。
そして大学自体も、官僚制度におかれているがゆえ自発的・内発的な人物を育てることが出来ていないという状況にあるのかも知れません。
しかしこれからの日本は、アメリカと同様に自国の力で技術や科学に投資をし、育て、豊かな文明を築いくための土台を作るのが大学の大きな役割といえるかも知れません。