大学で教養を学ぶ
教養を育むのところと言えば学校ですが、ただ何も大学だけに限ったことではありません。
これは個人の心の部分であり、幼い頃からの知識の積み重ねが生きて来ることは歴史からも教えられます。
例えば、昔の士大夫階級と言われたエリート達は、幼い頃から四書五経を覚え、そしてその知識を踏まえて作った詩を贈りあいました。
古典を学んだ人には、その詩に使われる言葉のひとつからもその作者の意図すること、時代背景、感情を理解することが出来ます。
落語や歌舞伎にも同じこといえます。
親は幼い子供に落語のフレーズを覚えさせることを教育の一つとし、実際に落語や歌舞伎にも連れていきました。
落語や歌舞伎は人間の日常を一幕にぎゅっと詰め込んだ人生の縮図といえ、基礎を知ることでその内容を理解することで知らず知らずに人情も学んだのです。
教養とは物事に対する表現を、より豊かにするものともいえるでしょう。
教養を実につける場所として挙げられる大学ですが、ここでは三つの教養を学ぶことができるといえます。
一つ目は、専門分野の基礎という意味での教養です。
二つ目は様々な幅広いジャンルの知識を見につけるという意味での教養です。
三つ目は歴史や文化など個々の人間をより深く理解するための人文的な教養です。
大学のように同じものに興味や関心がある、同じ年代の仲間が集まる場所で議論することは、教養が育まれる絶好の環境であるといえます。
そして、自分自身が日常生活などの中で知らず知らずのうちに身につける私的な知識こそがまさに教養といえるでしょう。
これらは学校で勉強さえすれば即理解につながるというものでもありません。
それぞれが置かれる環境によってその出会い方は様々ですが、知識と教養は人生において感受性の強い時に出会い、自然と身に付くものなのです。
ここで自然に培われる教養はその人にとって生涯の財産となるに違いありません。
そして教養もまた、人間の日常生活の中で絶えず引用され、使われることで新たな命が吹き込まれ、これからも生き続けていくのです。